今日の国語の授業にて。

 
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みなさんこんにちは。志学ゼミ国語講師のそわ☆です。今日の国語の授業報告をしたいと思います。今日は記号論について論じた文の読解をしました。記号論とは、簡単に言えば「ことば」についての話です。特に最近大学受験の問題で見かけるのは、「名づける」ことについてです。今日もそんな話でした。

 この世界は粘土のようなもので、最初はただの「かたまり」にすぎません。私たちはその粘土の「かたまり」から、ある部分を切り取って、その部分に価値付けし、意味付けして認識します。例えば、「水」はそのままなら、ただの「水」です。しかし、私達はその「水」に、カルシウムだのマグネシウムだのと評価をくっつけて、他の「水」と区別して、「ミネラルウォーター」という存在を認識し始めました。言葉によって秩序を作り出したのです。

 今日、塾長が緑のボールを持って現れました。「これは、マジックボールなんだ。これを持っていると答えが見えてくるんだ。」そんなことを言って、私に緑のボールを手渡しました。外側から見ればただの緑のゴムボールです。しかし、塾長はそんな緑ののボールに「答えが見えるようになる」という評価を見出し、「マジックボール」と「名づけ」新しい価値を見出したのです。

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塾長に渡されたボールを授業中に使っていくうちに塾生の中でも私の中でもそのボールが「マジックボール」にしか見えなくなってきました。新しい秩序が生まれた瞬間です。今日の問題を解説していて、「なるほど!」ちょうどそのことを実感しました。

 こんなことも話しました。人間は水分と多少の栄養分の「かたまり」でしかありません。しかし、子供として生まれた瞬間、親は「わたし」に意味と価値を見出し、私の名前は「まさお」というのですが、「まさお」という名前をつけて秩序を与えてくれたのです。

 人は「なまえ」が付けられた瞬間から意味づけられ、価値付けられるのです。生きている意味がない人などいません。最近、ニュースで「自殺」という文字をよく見ます。コレを見ると、とても悲しい気持ちになります。わかってほしいです。自分は少なくとも「なまえ」によって意味づけられた存在で、生きている価値の人間なんてものではないということを。

 少し話がそれましたが、現代文の問題は、実は日常と、とても深く結びいていて面白いです。普段当たり前と考えていて、考えないようなことをあらためて感じてみるということは、自分の中の教養を深めることに繋がります。先述の「名づけ」の話もそうです。是非、現代文を読み、しっかりと自分の中で咀嚼(そしゃく)し、日常の中で実感してください。現代文の勉強が100倍は楽しくなるでしょう。

                                          そわ☆
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