身近な風習から考える

画像
土曜日は節分。塾の前のコンビニでも「恵方巻き」はいかがですかという声がしておりました。
関東には昔からあったのかなと各講師に尋ねると「いやあしませんでしたね」との反応。

少し調べてみました。食べ方として以下のことが載っていました。

「太巻きをひとりにつき1本準備する。福を巻き込むことから巻き寿司。縁を切らないよう包丁を入れずに丸ごと1本。七福神にあやかり7種類の具が入った太巻きが望ましい。巻き寿司を鬼の金棒に見立て、それを退治する意味もあるらしい。

恵方とは、その年の歳徳神(としとくじん)の方角のことで、その年の最も良いとされる方角。

黙々と最後まで食べる。しゃべると運が逃げてしまうので、食べ終わるまでは絶対に口をきいてはいけません。

今年は北北西にむかって「恵方巻き」をほおばるといいとのこと。夜中、岩崎がみんなに振舞いました。大阪で大正期に始まった風習であったのがコンビニの力で全国的に広がってきたようですね。そういえば私は山口ですが子どもの頃にはそういった風習はなかったなあと思います。

まあ、それだけ講師諸君も自然に熱が入っているのだなあと感じています。

人気blogランキングへ←あなたの心に何かが残ったら、一日ワンクリックお願いします。励みにしています。

身近なことに疑問をもったら調べてみよう。少し調べると以下のことが分かってきました。

「節分とは」とは「季節を分ける」ことから「節分」です。現在では節分といえば立春の前日だけを指すようになりましたが、季節の始まりを示す立春、立夏、立秋、立冬の前日はいずれも節分なのです。

「豆まき」はやりましたか?
炒った豆を年男・年女(その年の干支の生まれ)が「鬼は外、鬼は外、福は内」呼ばわりながら蒔きます。このとき蒔かれた豆を自分の年の数だけあるいは、年の数+1だけ拾って食べ、一年の無病息災を願う風習があります。これはよく知られていますね。

 この「鬼は外」については、中国から渡来し宮中で行われていた「追儺(ついな)」の行事と節分に行われた方違え行事の中の「豆打ち」の儀式が融合したものだといわれます。追儺は「弓矢などで悪鬼、厄神などを追い払う行事」で、年の暮れに行われていました。

なぜ豆を蒔く?
 穀物や、果実には「邪気を払う霊力」があると考えられており、豆を蒔くことで豆の霊力により邪気を払い、福を呼び込むと考えたのでしょう。

 豆とは違いますが、イザナギが黄泉の国の亡者を追い払うのに桃を投げつける話が「古事記」に載っていましたね。

方違えと豆まき 
平安時代には、節分の日に翌年の恵方にある家に宿を取るという風習が有りましたが、室町時代頃にはこれが簡略化され、家の中の恵方にある部屋に移るというようになりました。
この際、あらかじめ新しく移る部屋の厄払いの意味でその部屋に豆を撒いたと言います。これが現在の豆まきの始まりです。 だそうです。

イワシの頭
 「鰯(いわし)の頭も信心」などといわれる鰯の頭を焼いて、ヒイラギの枝に刺し、家の入り口に差す風習があります。これも節分の日。これは鰯の頭の悪臭で、邪気が家に入るのを防ぐ
とのこと。

みんながやっているからやるのではなく、身の回りの風習に目を向けてその由来を調べてみるのも面白いですよ。

塾長
人気blogランキングへ←あなたの心に何かが残ったら、一日ワンクリックお願いします。励みにしています。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック