邂逅<一つの出会い>

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先日、大學時代の先輩と十何年ぶりかに会う機会がありました。同窓会等にほとんど出席できない私ですが無性に会いたくなる人もいるんですね。夜な夜な人生論等を語り明かした人々ですが。

私は昔の旧制高校時代のデカンショに憧れた変な大学生であったのかもしれません。アルバイトをしながら学費を稼ぎ、夜になると誰かの下宿でトリスを飲みつつ語った人々。テニスもできん貧乏学生と言われながらも書に親しみ、語ることに飢えていたあの頃。それが私の学生時代でした。

先輩の本質は長き月日を経ても変わることなく、いやもっと深くなっておられました。昔と変わらずその生き方、人生論を久々に語り合いながら今もなお生き方「自分らしさ」を探求していこうとするところに共感がありました。もちろんそれぞれに家族をもっていますが。

岡山から仕事で上京されたKさん。旅行業を営んでおられます。「人生は旅」を実践されているといったら語弊があるかもしれませんが、私が会いたくなる一人です。電話では連絡を取り合っていましたが顔を見るのは本当に久しぶりでした。

外見は年取ったなと思う反面、変わらないなと思うことがありました。みちのく専門の旅行業をされて20年余り、しかしその傍ら自分の内面としっかりと向き合っている。現在はカウンセリングの勉強もされています。

だから会いたくなるのかなあと思ったりしました。そして本当に会いたい人には時間を作ってでも会いたいのです。

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こうしたい、ああなったらと思うことはよく有ります。しかし人は思うようにはならない。思うようにしようとすると反発が出て、自分もストレスを感じてしまう。わかっているのだけれどできない私もいます。

自然という言葉があります。自分に等しい状況がそこに現れる。自分の疑問に思うことがあるとまた本や人に出会う。それをたんたんと「受け入れること」と頭ではわかっているのになあ、と思うのです。

今回のこの出会いは過去への懐かしみを通り過ぎ新たなる邂逅(出会い)であったように思えます。

僕らの時代はよかった。とか昔は良かったという言い方は私は好まないのです。話すうちにそれぞれの仕事は違えどもその延長上には何か接点がある。ビジネスという概念ではなく、僕らの時代をもがきながら生きてきた。いや、今まだもがきながら生きている我々が語り伝えることがあるような気がしました。

そうしてひとつ形にするものを話し考え始めました。

Kさんに指摘されました。君の仕事は一人一人の心のろうそくに灯をともすこと。ちなみにKさんも私も宗教家では有りません。そうなんですね。一人一人は違う。だからいい。与えられた仕事には無駄はなく、自分自身に必要であるがゆえにそれは存在するんだなあと改めて思えた日でもありました。

志学ゼミの原点「目の前の人をよろこばすこと」。これを感じた日でもありました。また共に悩みもがきましょう。そんな話しをしていると就職活動の諸君がエントリーシートの悩みをもって相談しにきました。

塾長
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