身近なところに色々有りますね。

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本郷図書館鴎外記念館(観潮楼後)へ行ってみました。私のパッパというタイトルで森鴎外の生涯と子どもたちの交流が展示されてありました。6月中旬まで期間限定の展示とのことです。小さな博物館ですが展示品はなかなか充実していました。

森鴎外は中高生なら名前は知っているかもしれませんね。それまでの文学になかった「自我」
の概念を導入したことで知られています。それまでの時代は封建社会、つまり集団社会の中の個人でした。それを「舞姫」では集団から個人を切り離したことで知られているのです。

鷗外はここで毎月、短歌会を3年にわたって開いていたとのことです。上田敏、石川啄木、
北原白秋、伊藤佐千夫、佐佐木信綱等が参加しています。そこで観潮楼の歴史をうかがいながら品川沖を望む二階から歌を詠んでいたのかなあと思ったりしました。

今回の展示は5人の子どもの父としての鴎外の姿がテーマとして描かれていました。留学先のドイツで林太郎という自分の名前に不便を感じた経験から子どもには当時は珍しい西洋風の名前をつけています。

於菟(おと)<Otto>、茉莉(まり)<Marie>、不律(ふりつ)<Fritz>、
杏奴(あんぬ)<Anne>、類(るい)<Louis>。

軍医として、夜は執筆活動と多忙な日々を過ごしていた鷗外でしたが子どもたちが執筆中の鷗外の背中に飛びついても、「まて」「まて」といって葉巻をおきながら膝の上に子どもたちを乗せたそうです。すごいですね。忙しい忙しいといっている自分が恥ずかしくなってしまいます。

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そしてまめに子どもたちに手紙を出しているんですね。出張先からの手紙、子どもにドイツを教えたノートも展示されてありました。

子どもたちもまたその生涯のなかで鷗外との思い出を語っています。医者になった方、文筆家になった方もいらっしゃいました。血を引いているといえばそれまでですが、書かざるを得なかった何かが子どもたちにもあったのではないでしょうか。

そして庭先には「三人冗語の石」が何気なくあるのもいいですね。ああここで鷗外、露伴、
緑雨が歓談したんだなあと思いながら説明に目を落とすと樋口一葉の「たけくらべ」を鷗外が激賞したとも書かれてありました。

観潮楼から舞う雪をみながら上田敏は

君は舞う
我は舞いえずいたずらに
胸の騒ぎを心にて舞う

と詠んでいます。

鷗外は子どもの茉莉と舞おうと語ったとか。これも鷗外の逸話として残っています。

身の回りにはこういった博物館、展示が結構ありますね。

塾長

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