地球は生きているPARTⅠ、草原を見て思う<さて私はどこにいるでしょう?>

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盆のため帰省しております。用がありまして九州に来ました。少し足を伸ばしてやってきました。以前にも来たことがありましたが。この写真でどこかわかりますか?久々に自然の中におりますと英気が戻るような気がします。馬は草を食べています。

山は雲間にある。そのために雨はショウショウと降るのである。雲が山の頂を通り過ぎるのがわかる。それはまさに風に運ばれているのである。そのふもとを牛は草を食み、馬は走るのである。

風は強い。先ほどまでのふもとの猛暑はどこへやらである。何千前から変わらない景色がそこにはある。人々はしばし車を止め下界を見下ろすのである。

昔、小学生のころであったろうか修学旅行できた思いがあった。そのときもその詩が沸いてきたことを思い出していた。そのころはこんなところもあるのかなあくらいであったがさすがにこの年になると地球の息吹を目の当たりにしているのだなあと思うのである。

そしてどうしても見させたい。そして諸君はどう思うのかを聞いてみたいのである。

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千年はいざ知らず、百年は変わらずにいてほしいなどと思いながら牛が草を食むのを見ているのである。そのうちその草原も雲に覆われて見えなくなってしまった。

人間は5分いくらの乗馬を設けたり、パラグライダーを飛ばしたりする。それを牛たちはどう見ているのだろうか。「牛、馬に注意」という標識がパノラマラインにも掲げられてあった。何だがほっとする反面、横断してきたらどうするのだろうと思う自分もいる。

自然と共存と人間は言いながら自然の恩恵を一方的に受けているのは人間だなあと思ったりもした。その恩恵の中で暮らしているにもかかわらずつい自然を自分たちの都合のいいものに変えてしまう。そして環境破壊をおこなってきたのである。

白神もそうであるが、自然との共存には「自然を守る」という意識ももちろんだが、昔人々が八百万の神を身近に感じたように自らの中に自然を取り入れなければ自然に守られているという意識も生まれないであろうし、自然にはぐくまれているといった考えは浮かばないのではないだろうか。

再度言おう。人間は自然の一部なのである。
ふとみるとある山に、風車が回っていた。その風車が山々に断ってつけさせてもらう感じがしてなんだかよかった。

塾長


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