ちょっといい話59<千の風になって>

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歌は知っていましたが新井満さんの本を読んで、この歌が心に残っていくのかがわかったような気がしました。写真はわが故郷(山口県光市)のです。ちなみに中央に見える岬の中にわが母校(小学中学)があるのです。同級生から頂きました。

この歌はだれが作ったかは定かはではないんですね。作者不詳の西洋の詩はアメリカでをはじめ各地で追悼の詩として多くの方に愛され朗読されてきたらしいですね。

新井さんもまた幼馴染の奥さまの死の一年後に追悼文集が故郷から送られてきたとのことです。その詩に新井さんも驚く。普通、追悼文は生きているものから死者への言葉になる。しかし「千の風になって」は死者から生きているものへの返辞、メッセージであることに気が付くのです。

私のお墓の前で 泣かないでください そこには私はいません で始まる歌詞。千の風になってあの大きな空を吹きわたっているという。

今回は故郷の写真です。私は山口県の光という田舎町です。山と海に囲まれ、瀬戸内ですから凪もあります。それぞれの生まれ故郷の風もあります。そ風によって育てられ、いずれは自分も風になるんだなあと帰省する度に感じます。

この歌詞を見たとき私は自分の父が亡くなったときを思い出しました。今もそうですが、当時も私は塾をしておりました。現場でも教えておりました。親父が危篤になったとき急ぎ帰郷を求める声が田舎からありました。その時、急なことで休みにするとか代講を立てるとか、受験シーズン(1月半ば)でしたから私の気持ちの中でも出来かねる部分がありました。

そんなとき親父だったらどうするかを考えてみました。「やることをやってから帰ってこい」そんな声がしました。金曜の夜でしたか。妙に胸騒ぎがしました。自宅の階段を上る音がしましたが途中で聞こえなくなったような気もしました。部屋にいても誰かが後ろで見ているような気がしたもんです。(きっとそんな気がしたのでしょう)。そうして寝付けないままにいましたところ夜中の二時を回ったころだったでしょうか連絡が入り危篤になりました。

そして亡くなりました。1月21日のことでした。

何度が帰ろうかと思いましたが「やることをやって帰れ」という親父の声がしたのです。そうして土曜日の授業終了とともに大急ぎで夜行に乗り込みました。日曜の朝に着き葬式に間に合ったのですが。田舎の長男としての務めは果たせませんでした。

そのとき親父は風になったんだなあと思ったことがありました。よく子供にもお爺さんはどこへ行ったと聞かれましたが風になったんだよと話したことを覚えています。

そんな経験がありましたので「千の風になって」を読んだときすんなりと体に入ってまいりました。

今日は彼岸。風が吹くとき誰かが話しかけて来てくれたのかもしれない。だから風を受けると気持ちがいいのかもしれないと思いながら夜半、風が変わったことに気がついた私でした。秋ですね。

塾長

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