ちょっといい話120<海の古道を歩く>

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一昨年熊野古道、中辺路を歩きました。そして熊野三山に参ったわけですが、そのどうしても伊勢時の海の古道を歩きたいと思いました。そして今回、歩いてまいりました。

名古屋から特急に乗り換えて熊野市駅で降りて大泊まで戻り、駅で言うと有井まで歩くことを考えていました。江戸期にはやったお伊勢参り。江戸の人々は江戸から伊勢へ、そして熊野へ。その道を歩きたかったのです。

しかしながら熊野市から大泊までの電車が40分待たなくてはなりません。隣の有井駅には数分後に電車が出るというのですから都会人の宿命を感じましたが急きょ有井から大泊を目指すことにしました。

熊野市から有井駅まではほんの数分。電車を降りようとすると車内清算を求められました。怪訝な表情であったのでしょう。車掌さんがすみませんこちらはこうなのですと話してくれました。電車を降りるとそのわけがわかりました。
無人駅だったのです。

さてと、どう行くのか地図を見ながらぶらぶらと歩き始めました。そうすると、無人の野菜販売所には大きな甘夏が3つで100円と有るではないですか。3つも1人では食べれないにもかかわらず飼ってしまうあさましさ。リュックに詰めて歩き始めようとすると新兵衛という看板が目に入り早速熊野のかまぼこを飼ってしまいました。

そしてまずは花の窟(はなのいわや)神社へ。イザナミが様々な子を産んだ後に、火の神(ホテリヒコ)を産み、自らやけどを負い、死んでしまういわれをもとにイザナミ、ホテリヒコがまつられてありました。

岩自体がご神体になっているとのことでした。その岩のもとに人々が願いを込めた石が置かれていたことが昔からの信仰を思い浮かばせてくれました。

そして七里御浜へ。太平洋の波が海岸沿いに打ち寄せられ、その横を古人も熊野を目指し七里の道を歩いたことだろうと思いながら海を見ながら歩きました。砂利は重く、歩道を歩くのとはわけが違いました。

熊野詣でに対する思いは相当なものだったのでしょう。少し歩いては海の風を仰ぎ、波の打ち寄せる音だけの世界にしばらく何も考えられずに歩きました。

しばらくして海を見ながら思わず座り込んでは曇った海原を眺めておりました。熊野から浄土をその海にみた古の人々。その思いはやはり蘇りであったのでしょうか。

曇っていたからでしょうか、歩いてきた先がかすんで見えたような気がした。

しばらくして松本峠に入り、山の古道を歩きました。そして鬼ケ城跡を歩きました。雨が降ってはいましたが山の中は木々が雨を防いでくれますので濡れませんでした。

見晴らし台から海の古道を見たとき、昔の旅人もこの見晴らしから熊野までの道を目にしてまた歩いたことでしょう。

今も昔も変わらぬこと。それは自らの足で歩くとその一歩、一歩が重く、そして疲れを感じることです。しかしながらそれでも歩くかどうかは自分で決めるということなのです。立ち止まってもよし、休んでもよし、自分のペースで歩けばいいのです。これはまさに人生そのものですね。

塾長

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