飯倉ブログ、12月第3号

ブログをご覧の皆様こんばんは~、学生講師の飯倉です。
今週はとても強力な低気圧が週末にかけて居座っているせいで、晴れていても寒い日が続いた一週間だったと思います。
忘年会等でお酒を飲む機会が増えがちですが、羽目を外して体を壊さないように気を付けて過ごすのが一番だと、私は信じています。
さて今回は通常運行で記念日シリーズです。今回は12月17日の記念日!ということで、今日はライト兄弟が初めて動力飛行に成功した、「ライト兄弟の日です」では行ってみましょー!!


 まずはライト兄弟について簡単に触れておきましょう。
兄のウィルバー・ライト(1867~1912)と弟のオービル・ライト(1971~1948)は4歳違いの兄弟です。二人とも機械いじりやモノづくりが大好きでした。そんな二人は印刷業から始めてやがて「ライト自転車商会」という自転車屋を始めます。最新式の自転車を作って販売していたのですが、これがずいぶん評判が良く、結構売れていたようです。


 ある時、二人に飛行機作りを決心させたあるニュースが飛び込んできます。
1896年、当時兄のウィルバー・ライトは29歳、弟のオービル・ライトが25歳の時です。ドイツの有名な飛行研究家、オットー・リリエンタールが自分で作ったグライダーで墜落死してしまったのです。このニュースが、ライト兄弟に飛行機作りへの挑戦を決意させたのです。

 飛行機を作ると言っても、もちろんこの頃の二人には航空技術についての知識なんてまったくありませんでした。二人はワシントンのスミソニアン博物館の図書館などから本や資料を取り寄せ、3年間かけて勉強したと言われています。先生や参考書の無い当時のことを考えると、恐ろしい程の苦労があったと思います。
勉強が終われば次は実際の飛行機作りですが、これも大変です。いきなり動力飛行というわけにはいかないですから、グライダーを作って何度も何度も実験を行うわけです。二人はいろいろなアイデアを出し合い、試行錯誤を繰り返して着々と航空技術の能力を高めていきました。

そして、108年前の今日12月17日に遂に人類初の「有人動力飛行」に成功したのです。二人はこの日のために気象庁に風に関するデータを問い合わせ、飛行に適した土地としてアメリカのノースカロライナ州にあるキティーホークという場所を割り出し、そこでフライヤー1号という記念すべき飛行機を飛ばせることに成功したのです。
初飛行のスコアに関しては諸説あるので、あえてここでは載せませんが、本当に偉大な成功であったと思います。ここから人類の飛行技術は飛躍的に進化し、66年後にはロケットで宇宙に飛び出す程です。

なお、この飛行機開発の話にはオチがあります。二人は伊達や酔狂で、飛行機開発をしていた訳ではありません。実は初飛行の9ヶ月も前から、飛行機の製造技術に関する特許の申請を行っており、初飛行から2年半後に特許を取得することに成功し、見事開発費の元どころか、そのあとの人生で困らないほどの資金を得ています。
この特許の制度がなければ、兄弟はそもそも危険を冒して飛行実験などをしていなかった可能性があったかもしれません。人を空に飛ばさせる程の魅力が、技術の特許にはあったようです。

さてとても長くなりましたが、今回はここまでです。個人的にこういう既存の技術に関するお話は、大好きなので、ついつい文章が長くなってしまいました。次回は、そうとても有名な「あの日」についてです。では次回もお楽しみに!ばいばーい(^o^)/



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