アクノリッジは塾の方針でもあります

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先日、あるクラスでの出来事でした。自分の良さが分からないと人の良さは分からないと思い、長所ノートを進め、コーチングでのアクノリッジ(みんなから本人の長所をいってもらう)ことを行なってきました。

自分の気が付かない長所があることを人によって自分が気が付く。気付かせてもらうことによって人へのいたわりが増すのではと考えていました。

誕生日に行なっていますが、誕生日が過ぎた諸君にはさかのぼって行なっていました。終了後には私が書いたご本人の長所を手渡ししています。「どんな気持ちになった?」ということを聴くのですが。「べつに、なんとも思わなかった」という発言が出ました。

正直なところなんだなあと思いながら、君にみんなが言ってくれたことに対して何とと思わなかったということを他の諸君が聞いてどう思うのだろうかという話をしました。

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何も考えない発言が他を傷つけることがあります。君たちは、学校で、部活で何を学んでいるのですか?と問いました。それだけ現代社会が病んでいるんだなあと感じたりしました。

私も全員をアクノリッジしよう。もっともっと諸君のよさがあるはずだ。それを否定から入るのではなく、もっと肯定的に考えようという主旨で行なってきましたが、アクノリッジを拒否することは自由です。いやいやにすることはしていないつもりでしたが、そう感じている諸君もいることがよく分かりました。

本人に確認して(強制せずに)アクノリッジをしたつもりでしたが。ご本人にとってイヤだったのかもしれないなあと配慮のなさを反省いたしました。

良かれと思ってやっても「ひとそれぞれですからね」。大学入試クラスが、誕生日の子が喜ぶのを見て私も喜んでいましたが良き反省となりました。おそらく賛否両論なのでしょうね。

志学ゼミの方針は勉強だけができればという考えではいけない。人間は人の間で生きているのですから、生かされていることを知ることでひとへのいたわりがでてくる。「心、気持ち」がある諸君になって欲しいのです。21世紀は諸君が支えていくんですから。

自分の良さを認めた諸君でないと人の良さは認めることはなかなか難しいかと考えています。
人からの話を素直に聴き、感謝するには自分の良さを考える気持ちが無いとやらされたということになります。それでは何も残りません。

今後もアクノリッジをしてまいります。方針に変更はありません。ただそれがいやな諸君にはおこないません。それが必要と思うかどうかは時期もありますからね。

しかしミーイズム(自分中心)が進む現代だからこそ、自分さえよければという考えはおかしいと思うことは必要かと考えています。それにはまず自分を自分で認めるところ、長所を考えてみることから始まると考えているのです。

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