クラスはチームだ!

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先日読書ノートに参加せずに帰ろうとする高校生を呼び止めて掃除をして頂きました。他の諸君は読書ノートに参加したあとあたり前のように掃除をして帰ります。彼は言いました。強制ですか?

私は耳を疑いながら問い返しました。高校に通うことは強制ですか?

強制されないと僕はできませんと言っているようなものですが気が付いていないんだなあと思いました。

当初、読書ノートに参加していた彼はいつの間にやら連絡もせずでなくなっていました。それを尋ねると?「強制ですか」の発言が出てきたわけです。このままでは「人生を違えてしまう」と直感的に思いましたので説教になりました。

読書ノートどころか塾のあらゆる授業は強制ではありません。いわんや掃除は強制なわけではありませんが、先日初めて君には強制だと叱りました。「強制されないと出来ない」とは情けない話です。しかしこちらが意図していても伝わっていないことが多いのだなあと反省をいたしました。

みんなが、最上級生が掃除をする塾なのです。「凡事徹底」の鍵山さんではございませんが掃除をする意味があるのです。ましてやともに掃除をすることはともに同じ教室で汗を流すことでともに学びあう姿勢に合い通じるものがあるのです。

彼にも言いました。「部活は何のためにやっているの?」「強制されてやっているの?」

部活でもそうだと思うけれど、強い相手、叶わない相手だと思っても勝つことがあるよね。それってどうしてだろう?

それってチーム力っていうんじゃあないだろうか。大学入試も当塾では同じなんだ。クラスはチームなんだ。どうして不可能と思われる学校に受かるんだろうか?

個人の力はもちろんだけれど、クラスの力、みんなの力がそれを押し上げるんじゃあないかと私は思っているんだ。そのエネルギーが全体を押し上げるんだよ。

それにね。部活でもそうだけれど、片付けを一人しないで帰れるかい?違うだろ。

ここはそういう塾なんだ。

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だから早く帰りたかったら帰ってもいいが掃除をして帰りなさいと伝え掃除をして頂きました。

強制されないと出来ないではこれから大学、社会人になってもいつまでも人にいわれないと何もできない人間で終わってしまうのです。

他の諸君は別室で私が彼に話す間待っていてくれました。「きみたちはどう生きるか」これは単に読み流して欲しくない文章です。これを一緒に読んで、骨を抜き出し、一文にするのが私の読書ノートです。

そうです。けっしてレベルは低くはありません。数学の一問にああでもないこいうでもないとあろいろな角度から考えるように国語もそうでなければならないと思っています。単なるテクニックに追われるのではなく物事の本質からはいって欲しいのです。

そういった読書こそ身になるのです。そうして残るのです。それをともに悩み語る。そういった仲間がここにはいる。そうなのです。志学ゼミのクラスはチームなのです。

塾長
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