鉄人の志学武勇伝NO3<好きこそものの上手なれ>

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今日は高校時代部活に明け暮れたHくんの話をしましょう。しかし英語のセンスはピカイチでしたね。

Hくんとは高校一年からの付き合いです。高校入試を推薦入試でクリアしたHくん。勉強に部活にと意気込んで高校生活を迎えました。自分はやらないとだめだといち早く感じていたことは事実です。しかし高校生活が始まると部活が楽しくて仕方がありません。

そうして1学期で塾をやめてしまいました。彼の名誉のために言っておきますとそこまでの成績は悪くはありませんでした。

次に彼が塾に顔を出したのは3年の部活を引退したときでした。塾をやめてから部活一筋で生きてきた彼の成績は見るに無残でした。学校でも進学校にもかかわらず就職の話がでたと言っていましたね。内申は評定が2点いくつ、
偏差値がわかる模試など受けるはずもなく、まさにぼろぼろな状態でした。

そこからのスタートでした。英語が得意だったHくんでしたがあまりにも長いブランクだったため授業には当然ついていけませんでした。別メニューで文法のやり直しからでした。当時を振り返ってHくんは「授業は何を鉄人が言っているのか理解できなかった」と話しています。

復帰した当時、彼は塾内模試で50点前後(200点満点)だったと覚えています。しかし彼はそこから立ち上がりました。英文法を1カ月でやり直すと授業終了後、授業でわからなかったところを私にしがみつくようにして質問をします。あっという間に塾内センター模試が100点を超しました。

一つ説明をすると頭に残る。やはり英語が好きだった。その吸収力と集中力はすさまじいものがありました。しかしそれは英語だけだったのです。

国語、社会に関しては頭が働かなかったのです。古典は私は専門ではありませんが係り結びくらいはわかります。授業終了時に古典のそういった質問もありました。後ろで聞いていた理系のAくんが耳にタコだぜHくんといったことはよく覚えています。日本史もいまひとつどころかチンプンカンプンでした。

どうにか英語は間に合ったものの入試の日がやってきました。3教科、2教科型の試験は予想通り難しかったのです。しかしただ一つ英語、小論文の試験がある外国語学部であったのです。

年が明けましたが小論など書けるはずがありません。見るに見かねた塾長が論文の指導を行いました。しかし短期間でなかなか思うようには書けません。そこで何が出てもいいものはありませんかという甘いHくんの考えに塾長は頭を抱えました。そうして書きあげた内容をHくんは1語1句諳んじました。

そうして迎えた本番、表題に目もくれずに書きあげたと聞きました。マジかよという声にもめげずに2次面接に。

奇跡的に合格をしたHくん。早速学校へ報告。「うそをいうんじゃない」と一喝されたとか。大学ではドイツ語をマスターするという目標は入学とともにもろくも崩れまたもやバレーボールの道へ。

入学とともに塾から姿を消したHくん。それから数年後、彼はまたやってきました。大学を卒業して就職をしていました。今度は英語の教師になるために大学に戻りたいとのことでした。ようやく自分の好きなことで飯を食いたいことに気がついたHくんでした。好きこそものの上座なれですね。

鉄人

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